眠らない夜

「きり丸、また伸びたねぇ」
「そうだな」
 乱太郎の声に何の悪気もなく、それだけにきり丸はいつだってこの髪が持ち合わせる背徳感を捨てることが出来ない。
 邪魔かと言われたら確実に邪魔だし、いつか機会があればばっさりと切り落としてしまいたいものの筆頭がこの髪である。なにせ維持費だってただではない。手間も道具もきりがない。やめてしまえば楽になるとわかってはいる。
 それをできないのは些細な言い訳で、時々間を空けてはあの家に帰る度に、風呂上がりしとどに濡れた髪を見ては、伸びたなぁ、と感心したようにいうあの人がいるからだった。
 彼と違って、ただ無造作に伸ばしているわけではない。断じて。伸びたな、と感じたら自分でも毛先を落とすし、手に負えないと思ったら卒業した先輩に手を借りることもある。もちろん、直接金を払うのも嫌だし、無料というわけにもいかないので、そういうときだけ要領よく彼の仕事の手伝えることを探して。
 総じて長く艶やかな一房が自分からぶら下がっていて欲しいのだ。
 湯浴みしたときに、目を引くように黒いのが、一房。
 しんべヱはもう眠っていて、きり丸はそれを起こさないように気を付けながら自分の髪の手入れに励んでいた。起こさないように気を付けて、といって何をしても彼はよほどのことがないと目を覚まさないのだけれども、だからといってどたばたと好きに振る舞うほど忍の基礎がなっていないわけでは、流石になかった。
「ほんとに、いつか売るの?」
「何もなくなったら売るんだろうな」
 問いかけは自然で、自分が髪を伸ばす理由として公言しているのはそれだけだった。この親しい友人にはごまかすような言葉に意味がないのはわかっているけれども、だからといって、先生が好きだと言ってくれるから髪を伸ばしているなんて正直に言えるはずもなかった。
「君が価値のあるものをすぐに売らないなんて!」
「価値が時で変わるものは、その価値をよく見極めなきゃ駄目だろ」
 油を丹念に塗って、髪を梳く。その油だって友人達の工面のお陰でどうにかなっているもので、いつか自分が自分で銭を稼ぎ自立するようになったときにも同じものを手配できる確証なんてどこにもないのだ。
「そうだね、君の言うとおりだ」
 聡い友人はそう言って一度言葉を切った。
 癖にならないように、よく乾かしてから眠りにつきたいと思うのだけれども、髪が長いとそれもままならない。しんべヱが気持ちよさそうに眠っている隣で、乱太郎も、わたしももう寝ようかな、と眼鏡を外している。
「髪乾かしがてら散歩してくる」
「先生によろしく」
「は?」
 立ち上がって、廊下に出ようとしたところで、乱太郎にかけられた声に戸惑う。別になにか約束しているわけでも、誰かに会いに行くわけでもないし、ましてそんなことを期待しているつもりでもなかった、のに。
「土井先生に会いに行くんじゃないの?」
「会えたら、会うだけだよ」
「そう、じゃあ」
 会えると良いね。
 薄情で察しの良い彼はそう言ってこちらに背を向ける。どうも見通されていて都合が悪いが、乱太郎がそんなことを言わなければ会いたいなんて思わなかったのに、なんて彼のせいにして。
「冷やさないようにね」
「ありがとよ」
 それで向かう先が、彼がいそうなところ、だというのだから、自分でもおかしいな、とは思ってはいるのだ。



2011/02/05
初出はピクシブ。きり丸五年生くらい