瞬きすら忘れるとき

 恋のまねごとだと思う。
 期限のある恋、それは悲しみ以外のものをなかなか産まない。どこまでもいとおしいと思う人間が目の前にいる一方、彼は数ヶ月でその身を闇に溶かして、二度と会うことはないだろう。
「先輩、私あなたに惚れています」
「知ってる」
 告白は色気も何もない委員会室で、提出した帳簿とともに自分の先輩の上に落とした言葉だった。彼はあっさりと肯定する言葉を吐きながら、裏腹に三木ヱ門の手首を掴んで、膝の上にからだを引き寄せた。
 彼はきっと三木ヱ門のことをわかりきっているのだろうと思う。こんな恋に意味を見いだせないのに、思いをとどめることができない。もしかしたら、こんな思いをするのは三木ヱ門だけではなくて、どこか遠くで文次郎も経験したことがあるのかも知れない。そんな願いに意味はないけれど。
「何もお返しできないのが悲しいくらい、あなたに惚れています」
「なにも、返せない?」
 文次郎はおかしなことを聞いたと言ったふうで笑った。
 彼は何も望んでいないのだろうと三木ヱ門は察した。というよりも、三木ヱ門が返すことが出来るようなものは、文次郎はきっと全て持ち合わせているのだろう。そもそも、与えられていると感じている愛だって、もしかすると三木ヱ門が勝手に彼から貰っているだけなのかも知れない。
「三木ヱ門」
 恋を告白するのは幾度となく繰り返した手順であり、そしてこの甘い声が三木ヱ門を呼ぶのだって初めてではなかった。ああ、そんな声でいままで誰を呼んだの。誰との恋を経験してきたから、三木ヱ門を相手にしてこんなに余裕があるの。
 おかしくなりそう。
「そこにいろ」
 引き寄せられたまま膝に収まる体は、成長しきった文次郎の体からするとちょうど良い具合の小ささで、考えようによっては三木ヱ門が育たない方が良いのかも知れないという収まりだった。ねえ、あなたが望むなら、ここで消えたっていい、そんなふうに思う自分の刹那的な思考は、恋に落ちるまで知らなかった。
「卒業するまで、その会計委員会の籍を離れるな。俺がいつかお前を思い出したとき、必ずそこにいろ。それ以上、何を求めても罰が当たる」
 たとえば、滝夜叉丸ならば、追いたい、と言うのだろう。綾部だったら、どうでもいいと言い放つことが出来るのかも知れない。そして、タカ丸だったら、ひどいことを言う、と悲しそうに笑うのだろう。
 三木ヱ門は、ただそれを聞いて、受け入れる。
 頷いて、彼の首に腕を回す。
「いつまでもお慕いしています」
「お前は若いな」
 自分でも、こんなふうに将来を彼に捧げてしまうような言いぐさは、随分と刹那的だと思うのだ。できるわけがない。彼はその身を闇に隠すし、三木ヱ門にも何時かそんな日が来るのだろう。それでも三木ヱ門は誓わねばならない。彼を、欲しいと望んでしまう限り。
「先輩にも、こんな時期はありましたか」
「いまもまだ、ときどき我が身を疑うほどにな」
 文次郎の手が片方腰に周り、片方が額の髪をかき上げる。落とされた唇の熱、自分一人ではない夢見がちな劣情。ああ、時が無情だからこそ、人はそれが止まればいいと願うのだろうか。



2011/02/15
お慕いしています、っていう三木ヱ門に浪漫しか感じない